lond日記

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ほんやくコンニャクは翻訳してくれる道具じゃない (外国語・ガジェット)

近年、性能が上がった翻訳機 (機械) が様々登場しているし、Google等オンラインの翻訳もAIやディープラーニングなどにより精度が上がってきているという話を聞きます。

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さて、日本人にとって理想的な外国語によるコミュニケーション像としてよく例に上がるのがドラえもんの道具でおなじみの「ほんやくコンニャク」ですね。

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言葉の通じない登場人物とドラえもん達がコミュニケーションをするための道具という位置づけですが、アニメでもよくある見た目や服装、風習など明らかに日本人ではない登場人物が当たり前のように日本語を話し会話するという不自然さを払拭する画期的な設定でもあります。原理はともかく宇宙人や原始人とも現代の日本語で会話できることになりますね。

ただ、「ほんやくコンニャク」というネーミングからドラえもんを見た多くの人は「翻訳してくれる道具」だと認識しており、一般的にそういった説明がされていると思います。

ただ、個人的に "ほんやくコンニャクは翻訳してくれる道具" ではないと思っています。

この道具の特徴としては

1.ほんやくこんにゃくを "食べる" のは自分。
 (状況により相手に食べてもらう設定はあったと思う。)
2.自分は日本語で話しているが相手には相手の分かる言語で伝わる。
3.相手は自身の言語で話しているが、自分には日本語に聞こえる。

といった所でしょうか。

ほんやくコンニャクは "食べ物" ですから食べた人の能力を向上させている形になります。タケコプターのように本人の能力はそのままで道具がそれを補助している形ではありません。一般的にイメージする「翻訳」のように、耳に入る言葉、口から出た言葉を "加工" している訳ではないのです。

勝手な想像ですが、この道具を考案された際、物理的な道具をブローチのように身につける選択肢もあったはずですが、敢えて "食べ物" という形にしたのは、「食べた本人の能力を向上させる」という意味合いがあったのだろうと思います。

子供が好きではないだろう "こんにゃく" という食べ物をを使ったのも、"道具ではなく本人が外国語を理解し話せるという状況がどんなに便利か" という点を子供に伝えるという点でも、ほんやくコンニャクの設定は意味のあるものだったろうと思います。

ただ、冒頭の最新の翻訳機とほんやくコンニャクを並列的に較べてしまう点は、日本人の英語に対する変わらぬ意識 (英語が苦手、英語を話すのは特別な能力、日本に住む限り英語は必要ない) から来るものだろうと思いますね。

個人的にはどんなに翻訳機の性能が向上しても「自分の話す言葉、書いた文章が相手にどう伝わるか分からない内容に翻訳されて伝わる」というリスクをクリアすることはできません。現状、そのリスクを軽減しているのが通訳者や翻訳者への信頼であり、その信頼に対する対価でもあると思っています。

お店で注文する位の定型フレーズだったら問題ないのでしょうが、「注文した商品と違う」「レシートの金額が間違っている」など、トラブルが発生したらもうどうしょうもありません。

ほんやくコンニャクの機能から言えば、「翻訳機を使うのではなく、手軽に本人の外国語能力が向上する」というものです。

日本人は外国語に対する苦手意識が高いので、「楽に外国語が話せるようになりたい」「翻訳機の性能が上がってくれれば外国語を覚えなくて済む」という考えが強いのだろうと思いますが、本質で言えば、「翻訳」と「外国語が使える」は別もので、いつまで経ってもこれらの2つの淡い希望が叶うことはないと思います。

「2020年の東京オリンピックに向けて英語能力の向上を」とか「これを機会に英語を勉強しよう」とかのんきに言っている状況かもしれませんが、日本の少子高齢化という点を考えれば、日本政府の場当たり的な規制緩和で日本に住む外国人数はこれまで以上に加速度的に増えると想像しますし、特定国籍の外国人の方々が集まれば、そこはもう日本のルールが通用しなくなります。地域によっては小学校1クラス20人の内、3-5名位は外国人という形になるかもしれません。地域よっては日本語表記のない飲食店やサービス業があちこちに出てくる可能性も大いにあります。そんな状況が身の回りに出来れば恐らく子供は自然と溶け込んだり適用したりできるかもしれませんが、外国語に対して "お稽古ごと" だとのんきに考えている大人(中学生以上) は生活に支障が出て来る可能性もあります。

これまで成功していない国による英語教育が今後も成功するはずがありません。(ルールを考えている政治家や役人さん達自身が外国語を話せないのですから。) 人の外国語能力を向上させる大きな方法の一つは "環境への適用" ですから、こういった流れの中で日本人の外国語能力が少しずつ上がってくるのかなと想像します。

ただ、日本人はマスコミから「外国人は日本が大好きで来ている」とか「日本は海外から好かれている」といった刷り込みを長年されていますし、「郷に入っては郷に従え」を外国人に対するルールだと思っています。(外国人に日本文化やマナーを教える日本人の様子はどこか "偉そう" です。)

日本人は今後20年位で自然と英語を使わざるを得ない状況になる前に、ほんやくコンニャクや翻訳機に頼ることなく自身の外国語能力を向上させ、外国の状況を自ら学ぶ姿勢を持つべきだろうと思います。(まぁ大多数には無理でしょうが、そう思う人が少しでも増えるのには意味があるはずです。)