lond日記

思ったことを気まぐれに書きます。

困ったときの神頼み or 神に誓います (独り言)

宗教や神道の事はよくわかりませんが、日本人は叶えたい事があると神社やパワースポットに行って実現してもらえるように願います。

「いい人に出会えますように」
「仕事がうまくいきますように」
「彼とずっとラブラブでいられますように」

一方で、ウエディングで結婚する2人が当然のように口にするのは誓いの言葉です。

「死が二人を別つまで愛する事を誓います」

また、海外の映像をみるとこんなセリフをよく耳にします。

「神に誓って嘘は申しません。」
「ばあちゃんに誓って嘘は言ってないよ。」

わかりませんが、神様は奇跡をお願いする相手より、自分の取り組みを誓う相手なんだろうなと。

私は信心深くないし、年始にお参りもしないし、おみくじもお守りもほぼ買いませんが、過去に神様に本気で願った事はあります。

中学生の頃、自宅に犬を飼っていたのですが、ある日、その犬 (その子がとか書きません。そういう存在とは違うので。すいません。) が、車に轢かれたとおじさんから知らせがありました。車で向かうと国道脇でバタバタともがいてる犬がいました。普段は繋いでありますが、いつも自宅で遊んでいたので、もしかすると私を追って道路に出てしまったのかもしれません。場所は自宅から学校に向かう途中の場所でした。暴れる犬を車に乗せて自宅に戻りましたが、昔の田舎町なので近所に動物病院等はなく、ただただ見守るしかありませんでした。深夜になっても苦しそうに息をし続ける姿を2階の窓から見ていました。ドラマのセリフではないですが今夜が峠だなと思いました。私は昔から信心深くありませんでしたが神様に犬を助けてくださいと一晩中一生懸命に祈りました。結果、命は助かり元気になったのですが、事故の影響で下半身が全く動かなくなり両足を引きづって前足だけで歩いてくるようになりました。子供の私にはその姿を見るのが辛く、両足をひきづり這ってくる姿が怖かったのもあり、以前のように遊ばなくなりました。最近は同様に下半身の動かなくなったペットに3Dプリンタで車椅子を作りましたというニュースもたびたび見かけ、その頃の私も同じ事(車椅子を作る方法はないか?)を考えていたのですが当時は到底用意できませんでした。2ヶ月程したある日、学校から戻ると父から犬を保健所に連れて行ったと聞きました。多分、父もそういう姿を見ているのが辛かったのかもしれませんし、このままならいっそと思ったのかもしれません。私は「そう」と言うのが精一杯でした。何も考えられませんでした。ただ、せっかく神様に助けてもらったのに自分は何て情けない奴なんだと思いました。

それ以来、誰かと神社を訪れた時位しか何かをお願いする事はありません。
自分の事をお願いすることもほぼありません。

だから、「きっと神様は願いを叶えてもらう対象ではなく、自分の取り組みを誓う対象なのだろうな」と思うようになりました。

神を信じるべきか、信じないかはわかりません。願えば叶うのかもわかりませんが、もし何かお願いしてその願いが叶ったとしても、再び、それを無にするのが怖いというのが本当の所なのかもしれません。

だから私は神社も苦手ですし、パワースポットでも願い毎はせず、雰囲気を感じるだけにしています。