lond日記

思ったことを気まぐれに書きます。

あれ、今何しようとしてたんだっけ? って事よくある (生活)

あれ、俺何をしにここに来たんだっけ?
あれ、何しようとしてたか忘れちゃった?

日常生活をしているとよくある事ですね。特に、年齢が上がってくると、こういう事が続くと少しずつ自分の事が心配になってきてしまいます。

これに関して最近ふと思った事があります。

『何をしようしていたか分からなくなる事は自宅等が多いよね。』

外出している際、特にあまり土地勘のないような場所で行動している際は起こりづらいです。

この事から1つの事を思いつきました。
振り返ると、今、自分が行っている作業や思いついた事をほぼ「無意識に」行えているから、他の行為を行うと直前の記憶がに残っていないんじゃないかと。

初めて行くような場所だと、無意識で行動できる事が少ないので直前の行動や考えか事を忘れる事は起こりづらい。逆に、細かい部分まで周知している我が家ならいちいち意識しなくても殆どの行動は無意識に行える。(トイレに入る時に電灯のスイッチの場所を確認しない。冷蔵庫を開ける際にむぎ茶の場所を探す事もない。)

加えて、子供に比べれば、年を重ねる程、経験上、無意識に行える行為は増えます。意識せずとも行える行為を、自分でも気づかない内に無意識で行ってしまう事で、他の行為をした際に直前の行為が思い出せなくなるのではないかと思い浮かびました。

つまり、自宅で作業する場合も、自分が行っている作業内容を意識すれば、この事象は予防できる事が多いのではないかということです。

自宅で過ごすのに行動をいちいち意識するとか無駄に疲れそうと思うかもしれませんが、自身が無意識に行えっている行動を「意識」すればいいのかなと思います。

喉が渇いたから水を飲みにキッチンにいく。
携帯に友達から電話がかかってきて5分程話す。
何で自分がキッチンにいるのか分からなくなる。

多分、キッチンの冷蔵庫に水が入っている事も、キッチンまでの動線も、冷蔵庫を開ける事もほぼ意識せずに行うと思います。そこで、自分が起こす行動を「確認」する感じでしょうか。キッチンまでの移動を意識するというより、例えば「キッチンの冷蔵庫の前まで何歩でいけるだろうか」「冷蔵庫を開けた際ミネラルウォーター(もしくは水の入ったポット)はどの位あるだろうか」と言った事を考えながら行動すると、水を飲む行動の前に他の事を行っても、無意識ではないから行動に対する記憶が残っているんではないだろうかと。

なんとなく自分の行動を声を出して確認、復唱する(あー水々とか)事も考えつきますが、声に出すって皆意識せずに行えるので記憶には残りにくいと思うのです。(教科書を黙読しても音読しても、内容に興味を持てなければ効果は同じだと思う。)


物忘れの話とは離れますが、最近試してる事があって、外出した際に目につく情報を確認したり、記憶する方法がないか考えたりすることです。すれ違う車のナンバーを語呂合わせで覚えられないか考えたり、お店のドアの幅や高さがどの位の大きさか考えたり、じろじろ見られませんがすれ違った人の背の大きさや体重はどの位か、服装や髪型、体型、歩き方から、性格や特徴、クセ等をイメージできないかといった事です。

同じサラリーマンでも部署によって服装や髪型、持っているカバンの種類が違います。30代位の営業の方はスーツにシワがないし、カバンもスマートなカバンだったり、髪型や時計にも気をつけている方が多いです。あまり太めな方もいません。逆にエンジニア等の方は、同じスーツを着ていてもやや太めだったり、着慣れないからスーツの大きさが合ってない(袖が長い割に体周りはパンパンとか)、持っているカバンも持ち歩くには大きめです。50代位になると皆スーツは高そうじゃないし、肩からかけるタイプのカバンの人が増えます。太っていなくてもお腹だけぽっこりだったりしますし、運動していないのは全体のシルエットから感じられたりします。

ずっとこれをやっていると頭が疲れてしまうので、10分なら10分と決めて試していますが、続けていると「観察眼」が磨かれる気がするし、意識せずとも目に入った情報を記憶できるようにならば役に立つ気がします。(例がなんですが、出会った相手を見ただけで素性や職業、日頃のクセ等を見抜くシャーロック・ホームズ的な感じもあります。)

上でも書きましたが、人は経験を重ねる事で無意識にできる事柄が増えるので、無意識に物事を行っていると新しい経験値が増えませんし、無意識に行えるような事以外は「経験値から面倒くさそう判断してしまい」興味や関心を持てなくなってしまいます。

これが年配の方が家電やIT等、新しいことを面倒がって結果老けこんでしまう。逆に趣味等自分が興味を持てることに取り組む人は若々しくいれるということに繋がるのかなと思います。

日常でも、物事にいちいち関心を持つということは、脳も疲れそうだし、大変そうですが、日常的にこういうトレーニングをしてみるのも意味があるんじゃないかと思います。